英語教師の”ありえない”ミス

中学&高校英語・大学受験

英語教育の現場では時折とんでもないミスをしてしまう教師・講師がいます。

「いくらなんでもこれは”教える側”がするミスではなく、”教わる側”がするミスのレベルではないですか!」

と言いたくなることがあります。

お子さんたちに英語を教えている教師・講師が今から紹介するこのようなレベルだったらどうされますか?

もし同僚の先生がこのようなレベルだったらいかがでしょう?

同じ教師として納得できるでしょうか?

なにもいわゆる”学校の先生”だけのことを言っているのではありません。英語教室・英語塾の先生も同様です。

しかし、”公務員”の先生は給料がどころからきているのか、どれほど身分を守られているのかを考えたら、”非”公務員の先生よりも厳しく指摘されるのは必然です。

さらに、塾や予備校は先生を代えてもらう、あるいは「行かない」選択もできます。

しかし、学校はそうはいきません。

そこが問題なのです。

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許されるレベルではない”教える側”のミス

ちょっとしたミスの揚げ足をとるレベルではなく、知識の点で教師としての”資質”に問題があると判断せざるを得ない現状を知っていただくために、そのような”ありえない”ミスをいくつか紹介します。

テストなどの印刷物で客観的に確認できたミス、あるいは聞き取りではあるが生徒たちの情報が信頼に足ると判断できたミスだけをとりあげています。

断っておきますが、

学校の英語の先生をおとしめるために書いているのではありません。

いやしくも子供に英語を教えているのならもっと責任感を持って欲しい、相手が子供だからといって適当に教えて欲しくない、ごまかさないで欲しい、と思っているだけです。

他の英語の先生とあまりにもレベルが違いすぎる先生が反省もなく向上心もなく当たり前のように教えていることが問題だと申し上げているのです。

それは生徒本人もその親御さんにとっても迷惑なことです。

英語の先生になりたくて一生懸命に努力して実力をつけた先生もおられるはずです。

私の教え子の中にも中学、高校で英語教師をしている者がいます。彼らは一生懸命にやってくれています。

そういう真面目な先生たちが、一部の厚顔無恥な教師のために”十把一絡げ”に扱われるのがしのびないのです。

ところで、

公立の学校で使われている教科書には教師用の教科書(マニュアル本)が用意されています。

そこには、各レッスンを教えるのに必要にして十分な情報が記載されています。

にもかかわらず、なぜこれから紹介するようなあまりにも未熟なミスが起こるのでしょうか。

不思議ですね!

ありえないミス…その1|come to 動詞の原形

★ポイント ⇒ become to do …は間違い

ある中学生が市内スピーチコンテストに参加するために原稿を書き,英語の先生の添削を受けました。

came to understand …

と書いてあるのをその先生が

became to understand …

と書き直しました。(@_@)

もちろん,これは生徒の方が正しいです。

「~するようになる」という意味では,become は使えません。

become の後に不定詞を持ってくることはできないからです。

become の後に置くことができるのは,名詞か形容詞(相当語句)です。

概ね、高校1年の前半で初出し、センター試験レベルの練習問題で何度も経験したはずの語法ポイントです。

しかし、最近では、中学の教科書にも見られるようになりましたので、そういう教科書を使う場合にはこのミスは起こらなくなるでしょう。

ありえないミス…その2|some vs. any

★ポイント ⇒ 疑問文中の some

ある中学生の教科書に

Will you send me some pictures of you and your family?

という文が載っていました。

疑問文では some は any になる」と教わり、素直にそう信じていた,あるまじめな生徒が先生に質問をしました。

生徒:「疑問文なのに,どうして any じゃないのですか。」

先生:「教科書が間違っています。」(←本当に本当に(@_@)です。)

確かに,英語の教科書にはたまに間違いがあることも事実ですが…。

この教師は短大を卒業して「コネ」で教師に採用されました。(私はこの教師を個人的に知っています。)

(残念ながら,このような悪しき風習が以前ほどでないにしても今なお続いています。我々の時代は100%コネでした。いつ頃からなのかは分かりませんが、今は何%かは分からないけれども「100%ではない」そうです。←10年ほど前にある教育委員から直接得た情報です。)

その結果,ヘボン式のローマ字は間違い,テスト問題を作成すると1つや2つの間違いでは済まず,授業においても優秀な生徒がするような質問にはことごとく間違った回答をし,ある意味有名な存在になって久しいです(が、最近はなぜか噂が聞こえてこないです)。


 

数年前に,ある進学高校でも同様の「事件」がありました。

some vs. any の問題に関して,複数のクラスで連続的に解釈ミスを生徒から指摘されてようやく勉強して訂正した教師がいました。

このような基本的なことを知らないで教師をやっていることが本当は問題なのですが,

百歩譲って,

最初に指摘を受けた時になぜ辞書でも開こうとしなかったのでしょうか,それが一番の問題なのです。

「教える」という仕事に対してあまりにも不真面目です。

これで給料を貰う資格があるのでしょうか。

この教師は他にもいろいろと問題があり、校長先生や主な先生方が見守る中で「参観授業」をやらされたそうです。(生徒からの情報なので詳細は不明です。)

「授業の質」とは「教師の質」と限りなくイコールに近いのです。

some と any の問題に話を戻しますと,

あまりにも単純に表面的なルール「疑問文・否定文では some が any になる」だけを教える(暗記させる)『伝統』がそもそもの間違いです。

しかし,そんな伝統にも関係なく

実力のある教師は昔からこのようなポイントは当たり前のように正しく教えています。

要は,

肯定的に考えるときはsome を使い,疑問を感じたり否定的にとらえるとき、あるいは不確実なこととして扱う時は any を使う

ということです。

それをいろいろな例をあげて生徒に易しく説明すればよいのです。

ありえないミス…その3|so to speak

★ポイント ⇒ so to speak と what is called の使用上の違い

市内の進学高校における「夏休み明けテスト」で、生徒に解説を頼まれて間違ったところを確認していて発見した初歩的なミスです。

設問の一部を抜粋します。

設問:日本語の意味に合うように(   )に入る適語を答えなさい。

彼はいわば本の虫だ。

He is, (   )(   )(   ), a bookworm.

出題の意図は、夏休み課題の範囲内である「不定詞」の副詞的用法の1つである独立不定詞にありました。

したがって,so to speak と解答して欲しかったのだろうと推察できます。

それはよいのですが,問題は先生の模範解答用紙にありました。

正解として次のように3つの答えが書かれていました。

so to speak / what is called / what we call

これが問題です。

なぜ,what you call や what they call は駄目なんだというツッコミは置いといて,

問題文を見ると正解は so to speak しかありません。

ポイントは,(   )(   )(   )の前後にある“カンマ”です。

これは挿入句が入ることを示しています。

高校の英語教育現場でも“語法のジーニアス”として誉れ高い「ジーニアス英和辞典 第4版」で【call】を引いてみます。

そうすると,熟語 what is called = what we call …のところに

He is what is called a man of culture.(彼はいわゆる教養人だ)

という用例が載っていて,さらに「注意点」として

『挿入的な副詞節ではないので

×He is, what is ~ed, a man…

×He is a man of culture, what is ~ed.

は不可』

と記載されています。

このことは,この使い方の call が第5文型であることを考えれば容易に理解できる理屈です。

これに対し,

so to speak は下記の例のように必ず挿入句として使います。

He is, so to speak, a walking encyclopedia.
(彼はいわば生き字引といったところだ)

I just love my little poodle. She’s my baby, so to speak.
(私のプードルちゃんが可愛くて仕方ないわ。あの子は私の赤ちゃんみたいなものなの)

上記の模範解答を作った教師はわざわざ what is called なども併記したからには,こういう基本的な語法上の知識がなかったのだろうと判断せざるをえません。

高校生によくあることですが、

類義語(句)として複数の表現を”暗記”したらその表現を理解した気になり、それ以上の深い勉強はしませんから、結果的に語法上のミスを犯しやすくなります。

いわば、上の模範解答を作成した教師は生徒と同じレベルなのです。

こういうレベルの英語教師が公立の進学校で大学受験生に英語を教えているのです。

こんな基本的なことも知らずに教壇に立って教えているのかと思うと本当に生徒が可哀想になり,勉強不足の教師たちに憤りを感じてしまいます。

英語教師になった時点で勉強不足の教師が多いのですが,もっと悪いのは,先生と呼ばれるようになってからあまり勉強しない英語教師が多いことです。

ありえないミス…その4|came vs. will come

★ポイント ⇒ 間接疑問文の時制

「ありえないミス(3)」と同じく,市内の進学高校における高校1年生対象の「夏休み明けテスト」で発見した中学3年生レベルの初歩的なミスです。

設問の一部を抜粋します。

設問:次の文の(   )に入れるべき最も適当なものを選び,記号で答えなさい。

I don’t know when she (    ) back.

ア come   イ comes   ウ came   エ will come

出題のねらいは「間接疑問文」の時制にあります。

さて,先生の模範解答に載っている正解は【エ】です。

確かに,【エ】は正しいですね。

しかし,【ウ】も正しいですね。

理屈を言えば,つまり、日常習慣的な行動に言及しているのであれば、【イ】も正解になります。

なぜ、先生の答えは【エ】だけなのでしょうか。

この時制の問題は中学3年生に学習する間接疑問文がポイントです。

【ウ】を正解として選んだ生徒は【×】をもらっています。

【ウ】を正解にした生徒に,「なぜ【エ】が間違いだと思ったのか」と尋ねてみると,【ウ】が答えだと思ったので【エ】は見なかった,ということでした。

なるほど…,答えが1つだというのが前提ですから,そういうこともあるでしょうね。

さて,この問題と模範解答を作成した高校の英語教師はなぜ【エ】だけが正解だと考えたのでしょうか。

実に不思議です。

想像するに、正解【エ】を前提に自分で問題を作ったのだと思います。

その英文があまりにも簡単すぎて正解が複数出てしまうことに、最後まで気が付かなかったのでしょう。

気が付けば、正解を1つに限定できるように情報を追加したはずですから。

ありえないミス…その5|自由英作文における添削ミス

★ポイント ⇒ the Internet

市内のある中学で実施された3年生2学期の中間テストにおいて,自由英作文に対する担当教師の行った“添削”に驚愕のミスを発見しました。

まずは生徒の自由英作文をご覧下さい。

「自分の知っている人に関して,3文以上で書きなさい」という問題です。

I’ll tell you about my friend Yuriko. She lives in Canada for two years. She taught me how to use Internet when she was in Japan. I often talk with her through Internet now. But I want to see her.

冠詞のミス、時制のミスがあります。

また、最後の一文には「直接、直に(会いたい)」という表現を入れたいところです。

一般の公立の中学生ですから,特別な勉強はしていません。

これくらいのミスはしますし、後者に関しては<in person>や<face-to-face>は中学では学習しません。

したがって,この程度書ければ優秀な方です。

「コミュニケーション」という意味ではまったく問題なく通じます。

この生徒の作文を教師は次のように添削しました。

I’ll tell you about my friend Yuriko. She lived in Canada for two years. She taught me how to use an internet when she was in Japan. I often talk with her through the internet now. But I want to see her.

本当に驚きました。

ネイティブの人が読んだらイライラするだろうなという英文に改悪されました。

これでは生徒の方が実力が上ということになりませんか。

かりにも英語を教える立場の人がこのようなミスをすることがあり得るとは夢にも思いませんでした。

問題点【1】…時制

lives を lived ,つまり過去形に直したということは,この先生は全体の文脈が把握できていないことを意味しています。

この文を最後まで読めば,この友人は今現在カナダに住んでいることが分かる(少なくとも推測できる)はずです。

多くの生徒の答案を見ないといけないので,ついうっかり間違ったのでしょうか。

人間のやることですから,「うっかりミス」は完全には防げません。

誰の身の上にも起こりえることですから,そうだとしたら責められないかも知れませんね。

現在完了形「継続」にするのが正解です。

問題点【2】…スペリング

Internet は常に大文字で書きます。

しかし,この先生は小文字にわざわざ直しています。しかも2回も!!!

ということは,この先生はインターネットは【internet】と書くのだと明確に誤認識していることになります。

実は,この単語は市内で使用している教科書では1年生で初出します。

「生徒と一緒に単語を覚えて下さい」としか言いようがありません。

問題点【3】…名詞と冠詞

ここが最大の問題点であり,この先生の英語力を如実に物語っていると思います。

インターネットには「普通名詞」の用法はありませんから,【the Internet】と常に the を付けて表します。

教科書にも、「(theを付けて)インターネット」と記されています。

この用法は,システムとしての「電話」は the telephone と表すのと同様です。

基本から解説すると,

冠詞 the には「総称的用法」というのがあり,種類全体を表して「~というもの」という意味で使う場合の表し方の1つが「the+単数名詞」です。

この総称的用法の中に『発明品に the が付く』というのがあります。

下記に典型的な例を示します。

The telephone was invented by Alexander Graham Bell.
(電話はアレクサンダー=グレアム=ベルによって発明された)

The computer is a useful machine.
(コンピュータは役に立つ機械です)

ところが,

この先生は,わざわざ Internet を小文字にした上で、まず最初の Internet に不定冠詞 an を付け,2番目の Internet には定冠詞 the を付けています。

このことからどういうことが推測できるでしょうか?

この先生は,インターネットを本や自転車などと同様に,「普通名詞(=狭義では,数えられる名詞)」だと考えており、

「初めて話題に登場する名詞には a/an を付け,次に登場したら the を付ける」

という冠詞の働きの最も基本的なルールをこの Internet にも当てはめてしまったのは明らかでしょう。

ついでながら,この先生の添削ミスは他の生徒の答案にも見られました。

残念ながら,これが公立中学の決して少なくない英語教師の実態を表しています。

決して,例外的な事例ではありません。

ありえないミス…その6|霊感 vs. 励み

★ポイント ⇒ inspiration の意味

これはずいぶん昔に、私が教室を開いて間もない頃だったと思いますが、経験した最初の「ありえないミス」でした。

その原因が教科書のミスがきっかけで起こりました。

「教科書もこんなミスをするんだ!」と驚いたので今でも記憶に鮮明に残っています。

学年は覚えていませんが、「アンネの日記」を教材にした lesson でした。

その lesson は、普通のレッスンではなく発展学習という扱いの「読み物」でした。

こういうレッスンは今でもそうですが、未学習の単語や熟語は脚注という形で各ページの下にその意味を書いてくれています。

問題の<inspiration>には「霊感、インスピレーション」と書かれていました。

本文の該当箇所は、

He is an inspiration to me.

だったと思います。(He はペーターだったように記憶していますが…、どうでしょう?)

市内にある中学校の中の9校で「この文の意味をどのように教えたのか」の確認をとることができました。

そのきっかけは、ある生徒からの次の質問でした。

「学校ではこんな風に習ったんですが、なんか変だと思って…。」

多くの中学では複数の英語教師が同じ学年を担当していたので、結果的に十数人の教師が関係していることが分かりました。

調査方法は、生徒からの聞き取りです。

したがって、生徒の情報が正確ならという条件付きですが、

約3分の2の先生が、

「彼は私にとって霊感です。」

と教えていたのです。

inspiration は普通は中学で学習する単語ではありません。

ですから、中学の先生たちが慣れていなかったということは言えるでしょう。

しかし、

はたして上の訳で意味が分かるでしょうか?

教科書の「霊感、インスピレーション」という訳語に疑問を感じた約3分の1の先生方は、

「彼は私にとって励みになる存在です。」

のように正しく教えていました。

「霊感」に疑問を感じなかった先生たちの国語力に問題があります。

疑問を感じたけれどもあえて調べようとはしなかった先生たちがいたとしたら、それは教師失格です。

概して、日本人は(英語圏の人と比べて)活字に弱いところがあります。

一字一句同じことを手書きされたものと印刷されたものの両方で読んだとしたら、圧倒的に印刷の方を信じるでしょう。

そういう我々の精神構造が影響しているのだとは思いますが、

英語力以前にこの日本語力で教壇に立っていて良いものでしょうか。

ちなみに、

教科書のこの部分は次の年には修正されて「励みになる人(こと)」のようになっていました。

教科書にもミスはあるのです。

ありえないミス…その7|「結」

★ポイント ⇒ Yui は「結」であって「ユイちゃん」ではない

これはほんの数年前に起こったミスです。

テストプリントなどに記載されていたことではなく、生徒たちから直接聞いた内容です。

したがって、生徒たちの勘違いなどではなく正確な情報だとしてという条件で書きます。


 

2015年度まで使われていた開隆堂の「Sunshine English Course 2」の<Program 11>の103ページに、

Yui, to share the work, is their way of life.

という一文があります。(2016年度からの教科書にも含まれています。)

ある生徒が、だいたいですが、次のように訳してくれました。

「結(ゆい)、つまり仕事を共有することは、彼らの生活様式です。」

細かな表現の選択肢は他にもあるにしても、これで正解です。

つまり、Yui = to share the work なんですね。

すると、その生徒とは別の学校の同じクラスの二人の女子生徒が顔を見合わせて何かこちょこちょ言っています。

どうしたの?と尋ねると、

「Yui」は女の子の名前じゃないんですか?と不思議そうに言って、

ゆい、仕事を共有することは、彼らの生活様式です。」

と習ったとノートを確かめ合いながら言うのです。

分かりづらいので補足しますが、「ゆい」は「ゆい(ちゃん)」という呼びかけだと習ったそうです。

講師
私は虚を突かれて不覚にも大笑いしてしまいました。(普段は、ポリシーとして、学校でのミスに対しては修正や訂正はしても笑うことはしないようにしています。苦笑くらいはするかもしれませんが。)

にわかには信じがたいことなので、生徒たちに具体的に質問をして確認したところ、「Yui という女の子の名前」と理解していたことが分かりました。

この記事では教師に対して厳しく書いているような印象を持たれるかもしれませんが、生徒たちの前では学校で起きたミスの類いに関しては、可能な限り先生たちをフォローするようにしています。(あくまで可能な範囲内で、ですが。)

正しい理解のためには背景知識が必要かもしれません。

ここの「Yui」は、「結(ゆい)」のことです。そして、「結(ゆい)」というのは、今でも岐阜県の白川郷の合掌集落で行われている合掌造りのかやぶき屋根の葺き替え作業に残っている互助制度のことです。

詳細は、下記のサイトをご覧ください。

参照ウェブページ ⇒ http://shirakawa-go.org/kankou/siru/yomu/1109/

「結(ゆい)」という言葉とその意味を知らない人は珍しくはないと思います。

先生だからといって何でも知っているわけではありませんから、その点では問題はないと思います。

では、どこに問題があるのでしょうか?

Yui がイタリック体で書かれている点を無視していることはさておき、

1つは、会話文でもなければ、だれかの台詞を紹介しているわけでもないのに、唐突に「呼びかけ」が出てきて不思議に思わなかった点(日本語力、文脈力の欠如)です。

もう1つは、勉強不足です。

力不足の先生には「下調べ」は必須です。要するに、授業の準備を怠っている点が問題です。

このページの最初の方で書きましたが、

公立の学校で使われている教科書には教師用の教科書(マニュアル本)が用意されていて、そこには、各レッスンを教えるのに必要にして十分な情報が記載されています。

間違いなく、「結(ゆい)」という相互扶助については説明がなされているはずです。

謙虚になって、下調べさえしていればこんな”笑い話”のようなミスは起こらなかったはずです。

まとめ

上のようなレベルの間違いをする先生がこれらのミスだけで済むでしょうか。

それは考えにくいですね。

日常茶飯事的に様々なミスをやっているはずです。

実際、ここでは”驚愕”的なミスしか取り上げていませんが、語法や文法のミスのみならず発音やアクセントのミスなども含めればいろいろなミスが起こっています。

しかも、その多くに関して、「学校の先生ならこのポイントを間違うかもしれない」と予測することができ、かなりな確率で当たります。

例えば、<apparently>の意味の誤解や<creature>の発音・アクセント位置などです。

こんな状況で本当によいのでしょうか。

関係している個人や組織は熟考する必要があるのではないでしょうか。

ちなみに、

昔の生徒は正しいか否かにもっと関心もプライドを持っていて、よほどシャイな生徒以外は、疑問に思えば先生に確かめるのがごく普通のことでした。

特に、テストで正しいのに間違いにされた場合などはそうでした。

しかし、今はテストの得点が増える場合でも、どうやら多くの生徒はあえて教師に確かめようとはしないようですね。

生徒たちが質問や確認を積極的にすれば、その分先生方も緊張感を持って授業をしてくれると思いますので、私としてはそのような方向に進んで欲しいと願います。

あとがき

このような語法や文法のミスを面白がって書いているわけではありません。

「これでよいのですか?」という問題提起です。

書いていて楽しいわけではありませんので、これから追加していくような予定はありません。

ただし、腰が抜けるほど驚愕的なミスが起こったら分かりませんが…。

どうかそのようなミスが起こりませんように。

コメント

  1. […] 英語教師の”ありえない”ミス […]

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